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なぜ福原愛と父は絶縁したの「借金トラブルなどが原因で大変だった!」秋田の温泉関連会社で晩年を過ごした

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福原愛さんは、4才の頃からテレビで「泣き虫愛ちゃん」の愛称でお茶の間のアイドルとして親しまれる存在でした。テレビの影響は大きいですね。
4大会連続で五輪出場、2大会連続でメダルを獲得するなど偉業を達成し、結婚もした福原愛さん。

家族の声援を受けてすべてが順調なように思えますが、実は父親・武彦さんと絶縁していました。
「2008年の終わり頃を最後に、一度も会っていない状態にありました」

なぜ父と絶縁したのかというと、一番の理由は1億4000万円もの莫大な借金トラブルです。
それ以前にも、卓球素人だった父の場当たり的な指導法により、10代の福原愛さんはずっと振り回されてきました。
そんなことがあり、福原愛さんが好調を取り戻したのは、父と絶縁してからでした。

絶縁した父親・武彦は晩年、秋田にある温泉関連会社の役員に就任し、平穏な日々を送ったそうです。
 
 

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●父親・武彦の指導法に振り回された福原愛


福原愛さんが13才の時
異例の若さで日本代表入りました。
ところがその後は、成績が伸び悩んでしまいました。
なぜかというその原因は、父親・武彦さんの指導法に問題があったといわれています。

父親・武彦さんは、卓球経験のない素人でした。
素人であることが良い結果につながることもありますが、武彦さんの場合は違ったようです。
福原愛さんが試合に負けるとすぐに指導法を変えるというものでした。

一方で母親・千代さんは卓球経験があったので武彦さんの指導法に辟易するも、福原家では「父は絶対」だったので逆らえず・・・意見も言えませんでした。
場当たり的な父親の指導方針は、福原愛さんに混乱や悪影響を与えていきます。

・大阪の有名コーチから必殺サーブを教わるため仙台から大阪に引っ越し。
・スポーツの超名門だからと、中学は遠くの青森山田中学へ進学させる。
・早稲田大学へ進学後、中国リーグに参戦させるが半年でやめさせた。
・帰国後は日本リーグや大学リーグへ参戦させた。
・2006年アジア競技大会で負けるとフォームを改造しようとした。

など父親が環境を変えすぎて福原愛さんは混乱してきました。
他にも中国からコーチも招いたり、専用卓球場も所有したり、福原愛さんのためにいろいろしたのですが・・・

●福原愛の父親の借金トラブル


■父の会社が破産
1998年2月10才
父親・武彦さん(当時55才)が1990年から経営する不動産会社「福原産業」が3億5000万円の負債を抱え倒産。
債権者から1億5600万円の返済を迫られる借金に苦しむ状態に。

■福原愛のギャラで借金返済
1998年7月10才
福原愛さんはミキハウスと専属契約を結びました。
しかしこれは借金返済のために父親が高額な契約を持ちかけた噂です。
さらにミキハウスは、青森に引っ越した福原愛さんのためにジュニアスポーツクラブを作ったりしています。

当時、福原愛さんがそれまで出演したテレビ・ラジオはなんと約1000件。
1995年からはグンゼや永谷園など8つのCM出演があり、ギャラは1本1000~2000万でしたがすべて苦しい経営や借金返済に消えたそうです。
そして福原愛さんの人気とともにCM出演料があがり卓球選手では1本3000万円ともいわれるほどに。
バラエティ番組に出すぎなくらい出演しましたがそれは、父の借金返済が理由だったようです。
ただ、いくら稼いでも借金返済に間に合いませんでした。

■両親が離婚
2004年5月15才
福原愛さんが青森山田高校に進学して、アテネ五輪の出場を決めて人気が急上昇した直後。
両親の離婚が発覚しました。
しかしこれは、借金逃れの「偽装離婚」という噂が。
1億4000万円を返済しないと債権を第三者に譲渡するという通知がきた数日後に離婚したからです。

債権が第三者に譲渡されると、福原愛さんが稼いだお金も差し押さえられる可能性があります。
だから離婚することによって、父個人で負債を背負うことにできました。
そして自己破産して借金を帳消しにして家族を守るという見方です。

形式だけの結婚というのは本当のようで、実際、試合会場から家族みんなで車に乗って帰る様子が目撃されていました。

■金目当てで移籍?
2005年16才の頃
福原愛さんは4年で2億の契約延長を断ってミキハウスからグランプリに移籍しています。
これも新規契約金1億円に父の意思が働いたようです。
そのあと2005年にまた移籍。今度は全日空。「より高い契約金を求めて」のことなようです。

父親の指導法で振り回されていた福原愛さんですが、お金のために移籍を繰り返すことにも嫌気がさしていました。

●福原愛 父親と絶縁に・・・


福原愛さんは、2008年の終わり頃を最後に父親と絶縁状態になりました。

2008年19才
福原愛さんは北京五輪でメダルを逃しました。
中国のテレビのインタビューで
「家族全員の稼ぎを担っているそうですが、大変ですか」
と聞かれ泣いてしまい、それまでマネジメントは父でしたが兄が代わりました。
この年の終わり頃から、父親と絶縁状態に。

2009年20才
福原愛さんは世界選手権に出場しますが2回戦であえなく敗退。
ついに彼女は大きな決断をします。
試合後に兄・秀行さんと話し合って「これ以上、父に振り回されたらダメだ」と覚悟を決めたのです。
そのあと兄から父に直接「もう愛にはかかわらないでほしい」と告げて絶縁したのでした。
親子の縁よりも、アスリートとしてメダルを選んだ結果です。

その後は母・千代さんと兄・秀行さんがマネジメントを担うよう。
一方、父・武彦さんは娘の大会会場に一度も姿を見せなくなりました。
実は2008年に母と兄で個人事務所「千秀企画」も設立。
事務所の名前が母と兄「千代」「秀行」から名前を一文字ずつとってることも、決別して絶縁の証です。

●福原愛の父親 晩年は秋田温泉で過ごした


家族と絶縁することになった父・武彦さんはその後どうしたのか?
晩年は、秋田県湯沢市にある温泉関連会社の役員に就任し、平穏な日々を送ったそうです。

そして
2013年10月6日
福原愛さんが24才のとき、父は死去。
死因は肝臓ガン。
秋田県内の病院で闘病のすえの死去だったのですが、福原愛さんが最後を看取ることはありませんでした。
ちょうど卓球東アジア競技会の期間中でした。

福原愛さんはFAXでコメント。
「2008年の終わり頃を最後に、一度も会っていない状態にありました」
「以後は電話やメールでのやり取りも、一度もない関係となりました」
世間は父親と絶縁状態だったことがわかったのでした。

●福原愛 父親と絶縁後は成績もあがった


福原愛さんは父と絶縁した直後2009年
7月のITTFプロツアーでシングルスとダブルスで優勝
12月の東アジア競技大会ダブルスでも優勝
父から解放され、それまでのが嘘のように好調ぶりを見せました。

2012年にはロンドン五輪で女子団体で初の銀メダル!
2016年のリオ五輪でも女子団体で銅メダルを獲得!

そして結婚!幸せをつかんだのでした。

 
 

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