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映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」の実話と病名ネタバレを紹介します。
「8年越しの花嫁」とは、原因不明の病気で意識不明となった花嫁を8年間支え待ち続けた感動の実話。
病名をネタバレすると「抗NMDA受容体脳炎」といい、「エクソシスト病」という病名でも呼ばれる恐ろしい病気です。
「8年越しの花嫁 奇跡の実話」のモデルは西澤尚志さんと麻衣さん夫婦。現在は子供もいて幸せに暮らしています。
キャスト・あらすじ、実話と病名ネタバレを紹介するので、映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」に興味がある人は参考になればと思います。
目次
●映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」キャスト・あらすじ
【 CINEMA SQUARE vol.95 】
映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」
全部で残り2Pは場面写真なので載せません🙇♀️#佐藤健(西澤尚志) #土屋太鳳(中原麻衣)#8年越しの花嫁 pic.twitter.com/BJfovI8hWo— ANGEL☆TAO(けいこ) (@angel_keiko0501) 2017年9月12日
土屋太鳳さんは、寝たきりの麻衣を演じる際は4時間かけて特殊メイクをしたほどのこだわり様。
脇を固めるベテラン俳優も魅力的です。麻衣の父役に杉本哲太さん・母役に薬師丸ひろ子さん。娘の病気に打ちひしがられながらも、 尚志の将来を心配する優しさをみせます。
■結婚を約束したカップル
● 西澤尚志(佐藤健)
● 中原麻衣(土屋太鳳)
■太陽モータース(尚志の勤務先)
● 社長:柴田(北村一輝)
● 先輩:室田浩輔(浜野謙太)
■麻衣の両親
● 中原初美(薬師丸ひろ子)
● 中原浩二(杉本哲太)
■ウエディングプランナー
● 島尾真美子(中村ゆり)
■麻衣の担当医
2人の結婚式を担当
● 和田医師(堀部圭亮)
■ほか
● そうめん工場社長(古館寛治)
結婚を約束したカップル、尚志(佐藤健)と麻衣(土屋太鳳)。
結婚式を間近に控え幸せ絶頂だったある日、原因不明の病が突然麻衣を襲い、意識不明となってしまう。
いつ目が覚めるかわからない状態に、麻衣の両親(薬師丸ひろ子、杉本哲太)からは
「もう麻衣のことは忘れてほしい」と言われるが、尚志はあきらめず麻衣の側で回復を祈り続ける。
長い年月の末、ようやく麻衣は目を覚ますが、さらなる試練が二人を待ち受けていた。そして結婚の約束から8年。二人に訪れる奇跡とは・・・。
予告動画:
●映画「8年越しの花嫁」 実話と病名ネタバレ
■出会い
2005年
西澤尚志さんと中原麻衣さんは、友人同士の飲み会で運命の出会いました。
寡黙な尚志さんと、明るく活発な麻衣さん、正反対な性格のカップルです。
■プロポーズ
交際1年目に尚志さんはプロポーズ。
「笑顔あふれる家庭を築きたい」そんな夢を抱きながら、中原麻衣さんがあこがれていた地元の結婚式場を予約。
結婚式は約3か月後の2007年3月11日
結婚式場は「アーヴェリール迎賓館 岡山」
2人の幸せはすぐそこでした
■突然の病気。病名は…
ところが
「今日の記憶がない」「今日何してたっけ?」麻衣さんに突然の記憶障害が起きます
尚志さんもまさかそんなことになるとは思っていませんでした。
さらに麻衣さんは奇声や暴言を発し始め、緊急入院するも原因は不明でした。
そして、より深刻な事態が・・・3日後に心配停止。かろうじて命を取り留めたものの、意識不明の状態。
医者も「意識の回復の可能性は低い」と診断しました。
結婚式の日になっても、麻衣さんは目を覚ましませんでした。
のちに判明した病名は、卵巣奇形腫が引き金になった「抗NMDA受容体脳炎」
体を守るはずの抗体が誤って脳を攻撃し、意識障害などを引き起こしていました。
■病名「抗NMDA受容体脳炎」
病名「抗NMDA受容体脳炎」とは、奇形腫を持つ女性が多く患う病気。腫瘍に脳組織があると、体を守るはずの抗体が誤って脳に影響を与え、脳炎を起こします。
症状はある日突然、奇声や暴言、不気味に笑うなどの精神症状から始まり、その後、長期にわたって昏睡状態に陥ります。
まるで悪魔に取り憑かれてしまったようにも見えるので「エクソシスト病」とも呼ばれています。
患者の79%は回復するという研究結果があります。日本では若い女性を中心に年間で約1000人がこの病気を発症しているとされています。
腫瘍を摘出すれば意識が回復するかもしれない・・・わずかな可能性にかけ摘出手術をしました。
しかし手術をして12日後にも意識は回復しませんでした。
■寄り添い続ける
それでも尚志さんは麻衣さんのそばに寄り添い続けました。
意識が戻るようCDプレーヤーで麻衣さんの好きな音楽を聞かせたり、枕の下に写真や婚約指輪を置いたり・・・。
尚志さんは毎日休むことなく、出勤前の1時間、休日は1日3回、麻衣さんの看病を続けました。
■1年後、両親から思いもよらぬ言葉
いつか目を覚ますと信じていた尚志さん。しかし1年後、尚志さんの両親(母:信子さん、父:秀和さん)から、思いもよらぬ言葉が。
「他の女の子を見つけて幸せになってほしい」
寝たきりの子だけで人生が終わるのでないか、尚志さんを見ているのが耐えられなかったのです。尚志さんの将来を心配しての言葉でした。
しかし尚志さんは麻衣さんとの結婚を諦めませんでした。
その想いはついに麻衣さんの元へ届きます。
■1年半後、目を覚ます
病気になってから1年半後
麻衣さんが目を覚ましたのです。
ただ、病気のせいで知能も身体能力も生まれたての赤ちゃんみたいでした。
■3年後
そして尚志さんが大好きだった笑顔も戻ってきました。
しかし麻衣さんにはもう一つ、乗り越えなければならない壁がありました。
麻衣さんは病気によって尚志さんとの記憶を失っていました。
それでも2人はつらいリハビリを一緒に過ごし、ゆっくりと記憶をよみがえらせていきました。
■8年越しの結婚式
そして発病から8年後
麻衣さんは車椅子で生活できるほど回復。
2014年12月21日
ついに結婚式の日を迎えました。
麻衣さんは両親に支えられながら、自分の足でバージンロードを歩き、最愛の人のもとへ。
●映画「8年越しの花嫁」 実話モデルの現在
「8年越しの花嫁」の実話
感動する。— あのさんまさんが泣いた動画 (@SANMASANGANAITA) 2017年12月10日
実話モデルは、映画の役名と同じ西澤尚志さんと中原麻衣さん。
■現在は?
2人は公開前に映画を鑑賞。
麻衣さんは映画を見て、8年間こんなことがあったんだと実感。
尚志さんは、本当に自分たちの過去そのままを見て、現在ふつうに生活できてる幸せを改めて感じたそう。
実はもう一つ大きな幸せを手にしていました。
結婚の翌年に生まれた長男・碧和(あいと)くん(2才)
卵巣の摘出手術により、2つある卵巣のうち1つを失った麻衣さん。碧和くんの誕生はまさに奇跡。
そんな碧和くんのために麻衣さんは現在、新たなチャレンジを始めました。
「歩いて碧和と手をつなぎたい」
「碧和が成長していくのと同じように、歩けるようになりたい」
麻衣さんは現在、全力でリハビリに励んでいます。
スカパーでたまたま観て、たたただ驚きました。
最初の錯乱したり発作のシーンは直視出来ませんでした。なぜなら、たぶん息子と同じだったような気がします。たぶんとは…初期に病名がつかず、数ヵ月後に意識不明で痙攣だけで体が動く状態が長く続き、1年後の退院時は意識なく起きることもなく全介護でした。
やはり医師からは回復は望めないと言われましたが、幸いにも13年経った今、ハンデは持ちつつ社会人となってます。
交流サイトで出会った方々の中でもかなりの奇跡だと思います。
少しでも同じような病気に苦しむ方々の希望になればと願います。